Blog@瀬戸急電鉄
架空鉄道「瀬戸急電鉄」のブログです。
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11/26 更新しました
また更新しました。
(この更新ペースいつまで続くかな...)

更新内容は以下の通り
 ・概要に戦前の歴史を追加
 ・路線紹介に駅名一覧を追加
 ・ダイヤの本線詳細ページにちょこっと追記

駅名一覧は、まだ公開してなかったのを思い出したためで急遽作りました^^;(←暇人やな~)

ダイヤと歴史は作りこんでません(というより、すべてのコンテンツが作りこんでない...)
まぁ、今はお飾り程度の暫定公開ということにしといてください。
(いつ作り直すかは全くわかりません。)


でも、まぁ、歴史はおおまかには作ったつもりなんで、今日はそのことについて。


一応瀬戸急を作るときに頭に入れておいたことが、「実際にある路線をなくさない(or影響を与えない)」ということでした。

ですが、これは無茶なことで、ないものを作るんだから影響を与えるのは当たり前のことです。なので、歴史も必然と矛盾が生じてしまいます。(→阪神伝法線<現西大阪線>が第2阪神線のために作られたのに、そのルートに組み込んでいないのもそのため。)まぁ、そこは見ないようにしてください^^;

で、実際にある路線をなくさないと書きましたが、廃止路線のうち、瀬戸急の世界では存在してないとした路線が実はあります。それは阪神国道線です。この路線、思いっきり瀬戸急の路線とかぶっちゃってます。なんで、瀬戸急が存在していたら、阪神国道線は存在しなかっただろうと考えました。
(実際、国道2号と一体的に建設されたのは阪神国道線です)

で、ここで疑問が生じたのですが、阪神は本当に第2阪神線を建設しようとしたんでしょうか?実際の第2阪神線も国道2号に沿うように計画されていました。ですので、もし第2阪神線を建設するつもりなら、阪神国道線は建設されていないと思います。
また、先程述べた伝法線も千鳥橋止まりで、そこから先が建設されませんでしたし、伝法線のルートは本線に比べて遠回りです。(阪神の高速線として建設されたのに)これは、梅田方面に建設するつもりはなく、西九条もしくは大阪中心部に建設しようとしたんではないか?などと思うわけです。
(実際伝法線は西大阪線となり、09年に難波まで延長されます。)

つまり、第2阪神線は当時新たに開通した阪神急行(現:阪急)への脅しだったんでしょう。それでも実際に行わなければ、相手も本気にしないと思ったのか、伝法線を建設した。しかし、これは大阪中心部の路線という位置づけだった。ということなんじゃないかと思います。

おもしろいことに、当時阪神は、阪神急行の西宮神社の祭事の際に設けた臨時駅から神社までの参道の街灯に電気を送らなかったという逸話もあります。(wikipedia阪神神戸本線参照) 本当に阪神急行が憎らしかったんでしょう(笑)

まぁ、瀬戸急の世界では、そこらへんのことを加味して、播磨電気鉄道という登場人物を出して、阪神高速線の建設にリアリティを出しました。(出てるのかな?)

あまり瀬戸急の歴史を考える際に、阪神高速線以外の部分はそこまで深く考えて作ってはないんですが、
そういう所を頭に入れて見ると、すこしは面白くなるのかもしれませんね。

はい、頑張ります^^;
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